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春仁の人生模様~生かされて~

神秘体験を含めた視点て、人生行路を書いています

過去のトラウマ

30代の頃は、一つの会社で、仕事をして、何年か経つと物足りなくなって、いいように言えば、卒業して、新たな会社に転職していました。それでも、転職には、失業という期間があって、苦しい思いをします。

それに懲りたので、次からは、長く続けようと思って仕事をしていました。それが、30代後半の頃です。だけど、自分の思うようにはいきません。40代半ばまで勤めて、退職せざる負えない状況になりました。

現場が、下請けの委託契約だったのですが、元請け会社が、委託の仕事から手を引きますといって、入札の時に、入札に参加しないと言ってきました。それでは、下請けの会社としては、どうしようもありません。一緒に勤めていた同僚たちは、塵々に散っていきました。

それがリーマンショックと重なって、転職先が何年も見つかりませんでした。その間に父親が倒れ、失業期間に帰天しました。それはそれは、苦しい思いをしました。

次に、契約社員で、原則更新としての求人の仕事が見つかって、初日に、出社して、契約の手続きをして、説明を聞いていたら、5年以上の契約更新はしませんと、ピシャリと言われました。

それから、5年がたって、契約終了になったのが、昨年の3月でした。

契約満了の何か月か前に、会社から、残ってくださいと言われました。5年では無かったのですかと聞くと、いえ何年でもいいですと言ってきました。

満了の2ヵ月前ぐらいになって、わたしが、どういった形での契約ですかと聞くと、協力会社に転籍してください。そして、そこから、出向というかたちで、仕事をして下さいと言ってきました。

なんだそれは、いいように言っていてそれかと思いました。同じ会社のままならば、残ってもいいかなと思っていたのです。

だけど私は、5年と言われていたので、そのつもりで動いていました。人から、4月から始まる新しい職場を紹介してもらっていたので断りました。

引継ぎの新しい人が来たのは、3月に入ってすぐでした。わたしは、年休を1年間1回も取っていなかったので、20日以上残っていました。最後の7日ぐらいは、休暇をとろうと思って申請を出していました。そしたら、新任の人が20日頃に無理だからと言って辞めてしまいました。

結局休暇は、3日程しか取得できませんでした。引継ぎ相手もいないまま、3月31日で退職しました。

そして、4月上旬に、新しい人が決まったから、引継ぎに来てくださいと言ってきました。1日だけでしたが、丸々1日行きました。その手当はどうなるのかと思っていたのですが、何も言ってきませんでした。ボランティアでした。

たとえ退職した職場であっても、5年近くお世話になった会社だし、新しく来た人が困るだろうと思い、1日だけでも、引継ぎしないといけないと思っていたのですが、良かれと思ってやっても、報われないことがあるのだなと思いました。

それから、半年たってから、その会社から、戻ってきてくれませんかと電話がありました。半年経過すると再雇用が出来るシステムらしいのです。わたしは、今の職場が落ち着くまでは無理ですと言って年明けか、4月ぐらいならいけるかも知れませんと答えました。

契約条件は、前は、1年毎の契約で5年が限度でしたが、今度は1年ごとの契約で期限はありませんと言ってきました。

それならばと思って、12月末で退職して、1月から行くことに決めました。そして、1月に初出勤し、先方の人は、にこにこしていましたが、何か変な雰囲気だなと思ったのです。

その日に大阪事業部の総務の方から契約内容の説明を受けました。そしたら、1年ごとの契約で最長3年でそれ以上の更新はありませんと言われました。

その席には、神戸から一緒に来た、私と同じように採用された30代の人と同席でした。その人は、前の会社の同僚の紹介で来ていました。その元同僚は、私も面識がありました。30歳前後だったと思います。

その元同僚の人は、2年ぐらい前に5年の契約で採用された人でしたが、本日正社員になりましたと、総務の人が言いました。若いから正社員になれたのだと思います。

説明をされた総務の方は、5年前と同じ人でした。そして、前は5年だったけれど、法律が変わったので、3年になりました。と言われました。

一緒に来た30代の人も、面接で給料や最長3年契約の事は聞いていなかったと言って、判断を間違ったかもしれないと言っていました。12月まで働いていた所には、もう戻れないと言っていました。

あなたは、まだ若いから、紹介してくれた元同僚も、2年で正社員になれたのだから、大丈夫だよと言ってあげました。

それはそれでしょうがないなと思いましたが、それにしても、話が違うじゃないかと思いました。

声を掛けれくれた人は、そのことは知らなかったと言っていました。支店の総務の担当者に直接電話で聞くと、含みを持たせて、とりあえず3年ですと言ってきました。そして、すいませんでした、と謝ってきました。都合の悪いことは言わなかったということだと思いました。

それは、ショックでした。間違った判断をしたと思いました。もう取り返しがつきません。

信用していたのに、違っていたということに大きなショックを受けました。こんなことは、初めてでした。私にしてみれば、職場を変えることで気持ちが一杯一杯のときでしたので、夜も眠れなくなりました。

3月に契約満了で辞めた経緯と、今回の事で、会社のいいように扱われていると思いました。そんな思いをしてまで勤められないと、すぐに退職の思いを伝えました。

どうしてこうなるのだろう思いました。50年の人生で、苦しみは何度も味わいましたが、このときには奈落の底に落ちるような失望を味わいました。

恥ずかしくて、惨めで、罪悪感のとりこになりました。親兄弟に顔向けできません。時間よ止まってくれと思いました。

いつも天意を感じながら生きていましたが、今回は、天意と違う間違った判断をしてしまったと自分を責めました。

前の失業のときのことが、フラッシュバックしました。また同じ苦しみを味わなければならないのか、今度は、どこまで落ちていくのかと思いました。

その上、10歳近く年を重ねて、既に50代です。50年生きたら人生もういいだろうとも思いました。

誠実をモットーとして、どうしたら問題解決が出来るかという思考で仕事に取り組んできました。そうすれば、必ず環境も良くなっていくと信じて生きていましたが、現実は、そうはなりません。

ある日突然、暗闇が襲い掛かってきます。

長く続けようと思えば、環境が変わって、続けられなくなりました。自分の意志とは、違う方向に向かって行きます。

10代での人生経験、20代での人生経験、30代での人生経験、40代での人生経験、50代での人生経験。環境のせいにしてはいけない、人のせいにしてはいけない、全て自分が選択してきた事実を受け入れなければなりません。

将来に対する不安との戦いです。

残りの人生で、それが、全て魂の肥やしとなったと思える日が来るのかも知れません。

失望を味わったけれど、これも、清算して前に進もうと思います。

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